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ウェブページ開設時に公開していた内容の転載

イジメと精神的なダメージ

いじめの始まり
いじめですが、そもそもの原因はアトピーです。
丁度私からの後の世代はアトピーがどんどん増えてきて知られてきた時代なのですが、私の時は学年で一人いるかいないかのくらいの時代でした。
記憶では3歳くらいからアトピーでして、世間にアトピーが広まっていない所為か小学校の時なんか[移ると困りますから、うちの子と一緒に遊ばせないで下さい!]なんて電話が良く掛かってきました。
まぁそんな時代ですから、苛められるのも当然といえばそうでしょう。
いじめですが、苛められている人に対しては[こいつは苛めても大丈夫]という心理が働くんでしょう。どんどん拡大でして行きました。中学の時は廊下を歩くと全校の女子はさけて通るし、そういう状態でした。
このいじめが、きっかけになり私の今の性格など凄い影響していることです。

心の傷
中学1年の頃、年頃でもあり同じクラスに気になる女の子がいました。(淡い初恋って感じです)
当時毎日のように苛められていましたが、辛かったけど彼女の顔が見れるからという嬉しさもあって、また気持ちをいつ伝えようかとタイミングを待っていました。
ところが、私がその彼女の事が好きじゃないかという噂が立ってしまい、(時期的に恋愛に興味を持つ時期ですからね)彼女に対する冷やかしが苛めにつながってしまい、彼女まで苛められてしまいました。
彼女自身、噂を当然知っていましたから彼女は私を責めました。
今でも[みんなあんたが悪いのよぉ!]と言った彼女の声がしっかり記憶に残っています。私のとって、彼女のことをちょくちょく見てしまった事が原因ですから、自分を責めました。当然、告白どころじゃなく精神的にとても辛い想いをしました。

次にその年の秋頃でしたが、げた箱に手紙が入っていました。中は女の子の字で書かれた告白文で、日曜に公園で会って欲しいという内容でした。指定してきた場所は電車で1駅乗った所にある公園で、同じ学校の人に見つかりたくないからという事でした。私にとって、苛められて辛かったので、この女子の中で誰か一人くらいは私の事を差別しないでいてくれる人がいると思っていました。(私は[ひつじ]ですから寂しがり屋でして)指定の時公園に行ってみると、なんと罠でした。
苛めていた人がクラスの女子にお願いして手紙を書いてもらったそうで、ぼこぼこにされたけど、その痛みより精神的なショックの方が大きくて、まさに天国から地獄という感じです。

他にも、朝学校にいると(いじめている人に会いたくないので朝早く行って、時間まで隠れているという事していた)隣のクラスの女子が来て[握手をして欲しい]といいました。何故かな?と思いながら応じると[ゲームで負けた罰なの]と言って去りました。こういうこともあり結構ショックでした。
こんな事があり、女子(女性)に対して、話をしていても嫌っているんじゃないかとか思ってしまうし、また、私が女性を好きになる事に対しても、またいじめられるまでは行かないものの、迷惑をかけてしまうのではないかという思いがあって、感情を押し殺してしまうようになってしまい、恋愛出来ないような心になってしまいました。また全身の色素沈着をみるとこの体じゃ、第一印象で駄目だろうなぁなんて思ってしまいます。だから、外見が悪い分、内面では綺麗でいようと思っています。まぁそんなわけで、いろんな人を精神的な面で助けてあげたいなぁって思って同じアトピーの人に対しメールという形でですが、支えるという事をしています。

私もやっとここまで話せるようになりましたが、ここまでくるのに18年もかかっています。まだまだ心の傷が深いと思っています。

長々と読んでくれてありがとう。

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ミームのアトピー暦

  • 幼稚園以前

私の記憶では、この時点で、すでにアトピーでした。よく市販薬のフルコートを塗っていたのを覚えています。また、幼稚園で掃除の時に手がひび割れをして、雑巾を良く絞れずに先生に怒られたのを覚えています

  • 小学時代

まだ、アトピーが一般的ではなかったからでしょうか?小学2年の頃ですが、友達の親が「アトピーが移るからうちの子とは遊ばせないでください」などといって怒鳴り込んできた事があります。この頃よりいじめが始まりました。小学4年位にはいじめがさらにエスカレートし、給食のおかずを取られたのを覚えています。多分一生忘れないでしょう。

  • 中学時代

中学になるといじめはさらにエスカレートしました。1年の時初恋の時の事件をきっかけに私の心に傷を残す事件が起こるようになりました。詳細は(いじめと精神的なダメージの文章を見てください。またこの頃より女子に完全に嫌われてしまいました。年頃でもあって心のそこから本当に寂しい想いをしました。その精神的な寂しさやいじめのストレスの為にアトピーどんどん悪化し、顔以外の全身にまで広がってしまいましたが、ステロイドの軟膏を塗ってなんとか凌いでいました。

  • 高校時代

女子がいると中学時代の寂しさを思い出すため、また、勉強をしたかったという事で、男子校の工業高校に進学をしました。高校時代もいじめはありましたが中学時代ほどではなく、また、連日のレポートの嵐でそれど頃ではなかったというのもあります。私にとってはいくらか幸せな日々でした。しかし、アトピーは悪化を続け、3年には顔にまで出るようになりました。

  • 卒業以後

卒業後、近くの会社に就職しましたが、アトピーの為に辛さもありまた、偏見の為に数々の職場虐めに遭いさらにアトピーが悪化し、1つ目の会社をやめました。

  • 19歳の時

半年後、改めて就職しましたが、更なる職場いじめとストレスの為にアトピーがさらに悪化、働く事が困難になりました。また、その頃より慢性的な疲労感があり、明らかに体に何かが起きているのが分かりました。そして仕事をやめ、療養をする事にしました。

  • 20歳の時

20歳と6ヶ月の時に、病院で飲んでいた漢方薬の副作用を調べるための血液検査で偶然に、腎臓と肝臓機能が低下しているのが発見されました。(検査は1年程度ごとに行う予定でこの時の検査がはじめての検査でした。)この異常により、飲み薬の使用が中止され、お酒と油物に対しての食事制限が出ました。アトピーはすでに軟膏では抑えられる状態ではなく、リンデロンDPを一日に30グラムを塗るという廃人寸前の状態になっていました。

  • 21歳誕生日前

21歳の誕生日前にステロイドを止める決心をしました。当時は全身アトピーでどうにもならない状態で、ステロイドを止めればリバウンドのショックでショック死できると思って、一気に止めました。(生命保険も入っていたし、葬式代の心配も無く安心して死ねると思っていました)ステロイドを断ってまもなく地獄のようなリバウンドが始まり、[いよいよ、さよならかぁ]なんて思っていたのですが、結局ただのたうち回り苦しんだだけでした。

  • それ以後

脱ステ後、のた打ち回る日々を約半年経過し、段々良くなってきて2年過ぎる頃には、何とかそこそこ寝れるような環境になりました。その後徐々に回復をしてきています。現時点で脱ステ18年を過ぎましたが、内臓を壊したからでしょう。体力的な面ででまだ回復できていないためにまだまともに働く事が出来ないという状態です。

結局ステロイドを断ったことが非常に良い結果になったのですが、そこで新たに[では、今までのステロイドを使ってきた時間は何だったんだろう]と思うようになりました。これが、私のいいたいことの一つです。

今、苦しんでいる人も多いと思いますが、元気を出して生きて欲しいと思います。 さて、私の経験から、アトピーの人との接し方で、お願いがありますので、いくつか書きたいと思います。

まず、掻いている時に「掻くな!!」といわないでください。本人にとって十分にわかっていることですが、それでも、かゆいのです。
我慢が出来ないかゆみです。本人にとって、掻くと良くないことは十分承知していますし、後に痛くなることもわかっています。でもかゆい、それだけかゆいのです。
次に、アトピーは精神的な面が強く影響しますので、ストレスをなるべく与えないでください。これは、アトピー13&19歳悪化説にも現れていると思います。一番いいのは、かゆくて掻いている時に、黙って見守っていていただけるとうれしいと思います。

世間では、まだアトピーについて理解していない人が多く偏見が多いために差別もあり、本人にとって、その外交的な面で非常に悩んでいます。(アトピーの辛さよりそっちのほうが辛いのです)その点を理解していただけると幸いです。

以上勝手なことを書かせていただきましたが、アトピーで長年苦しんでいる本人の素直な気持ちを書いたつもりです。ぜひとも解って頂けたらと思います。

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